甲状腺の異常が原因で起こる薄毛の中でも、特に多く見られるのが「甲状腺機能低下症」に伴う脱毛です。甲状腺機能低下症とは、その名の通り、甲状腺の働きが低下し、全身の新陳代謝を促す甲状腺ホルモンの分泌が不足してしまう病気です。その代表的な原因疾患として、自己免疫の異常によって甲状腺が慢性的な炎症を起こす「橋本病」が知られています。では、なぜ甲状腺ホルモンが不足すると、髪が薄くなってしまうのでしょうか。そのメカニズムは、髪の成長サイクルである「ヘアサイクル」に深く関わっています。髪の毛は、「成長期」「退行期」「休止期」というサイクルを繰り返しています。健康な状態では、ほとんどの髪が数年間にわたる「成長期」にあり、太く長く成長します。甲状腺ホルモンは、髪の毛を作る毛母細胞の分裂を促し、この成長期を維持するために不可欠な役割を担っています。しかし、甲状腺機能低下症によって甲状腺ホルモンが不足すると、全身の細胞の新陳代謝がスローダウンするのと同様に、毛母細胞の活動も著しく低下してしまいます。その結果、多くの髪の毛が、本来よりも早く成長期を終え、脱毛を待つだけの「休止期」へと移行してしまうのです。これが「休止期脱毛症」と呼ばれる状態で、頭部全体からまんべんなく髪が抜け落ち、全体的にボリュームがダウンするのが特徴です。さらに、新しく生えてくる髪も、栄養不足で細く、パサパサと乾燥し、ツヤのない状態になります。髪の伸びるスピードが遅くなったと感じることもあります。甲状腺機能低下症による薄毛は、AGAのように特定の部位が禿げ上がるのではなく、全体的に寂しい印象になるため、気づくのが遅れることも少なくありません。しかし、この脱毛症には大きな希望があります。それは、原因である甲状腺機能低下症を、甲状腺ホルモンを補充する薬(チラーヂンSなど)で適切に治療し、ホルモンバランスが正常に戻れば、多くの場合、髪の状態も数ヶ月から一年程度で改善していくということです。薄毛だけでなく、異常な倦怠感、むくみ、体重増加、寒がり、便秘といった全身の症状に心当たりがある場合は、迷わず内科や内分泌内科を受診することが、髪と体全体の健康を取り戻すための第一歩です。
甲状腺機能低下症(橋本病など)が引き起こす薄毛のメカニズム