甲状腺の機能異常によって引き起こされた薄毛。その診断を受けた時、大きなショックと共に、「この薄毛は、もう治らないのだろうか」という深い不安に襲われるかもしれません。しかし、希望を捨てないでください。甲状腺疾患が原因の薄毛は、他の多くの脱毛症とは異なり、その原因が明確であり、適切な治療によって「回復する可能性が非常に高い」という大きな特徴があります。甲状腺疾患による薄毛は、AGA(男性型脱毛症)のように、毛根そのものがミニチュア化(矮小化)し、再生能力を失ってしまうわけではありません。多くの場合、ホルモンバランスの乱れによって、ヘアサイクルが一時的に狂い、多くの髪が成長を止めて休止期に入ってしまっている「休止期脱毛症」の状態です。つまり、毛根自体は生きており、再び髪を生み出すポテンシャルを秘めているのです。したがって、治療の基本は、薄毛そのものではなく、その大元である「甲状腺疾患」をコントロールすることにあります。甲状腺機能低下症(橋本病など)の場合は、不足している甲状腺ホルモンを補充する薬(レボチロキシンナトリウム、商品名:チラーヂンSなど)を毎日服用します。甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)の場合は、甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬)などを用いて、過剰なホルモンを正常値に戻します。これらの治療によって、血液中の甲状腺ホルモンの濃度が正常範囲で安定してくると、乱れていた全身の新陳代謝が元に戻り、それに伴って、毛母細胞の活動も徐々に正常化していきます。休止期に入っていた髪の毛は抜け落ちますが、その下では、新しい髪の毛が再び成長を始めます。ただし、髪の回復には時間がかかります。ヘアサイクルが正常に戻り、新しい髪が生え揃い、見た目のボリュームが回復したと実感できるまでには、個人差はありますが、一般的に治療開始から「半年から一年程度」の時間が必要です。焦らず、根気強く、主治医の指示に従って甲状腺の治療を続けること。それが、髪と体全体の健康を取り戻すための、最も確実な道筋なのです。