甲状腺ホルモンが不足する「機能低下症」が薄毛の原因になることは比較的よく知られていますが、実は、逆にホルモンが過剰に分泌される「甲状腺機能亢進症」も、同様に薄毛や抜け毛を引き起こすことがあります。甲状腺機能亢進症の代表的な疾患が、自己免疫の異常によって甲状腺が過剰に刺激され続ける「バセドウ病」です。甲状腺ホルモンは、体の新陳代謝を活発にするアクセルのような役割を担っています。機能亢進症では、このアクセルが常に全開になっているような状態になり、全身の細胞の代謝が異常に早まります。これには、髪の毛を作る毛母細胞も例外ではありません。甲状腺ホルモンが過剰になると、髪の成長サイクルである「ヘアサイクル」が、通常よりも速いスピードで回転し始めます。本来なら数年間続くはずの「成長期」が、数ヶ月程度にまで短縮されてしまうのです。髪は十分に太く長く成長する時間を与えられないまま、急いで退行期、そして休止期へと移行し、抜け落ちてしまいます。これも、機能低下症と同じく「休止期脱毛症」の一種です。その結果、頭部全体が均一に薄くなる「びまん性脱毛症」が起こります。髪質も、細く柔らかくなり、コシがなくなって、猫っ毛のようになったと感じる人もいます。甲状腺機能亢進症では、薄毛以外にも特徴的な全身症状が現れます。常に体が燃えているように暑く感じたり、異常に汗をかいたり、安静にしていても心臓がドキドキする(動悸)、体重が食べているのにどんどん減っていく、指が細かく震える、イライラしやすくなる、眼球が突出して見える、といった症状です。これらの症状は、日常生活に大きな支障をきたします。甲状腺機能亢進症による薄毛も、原因である病気そのものを治療することが、根本的な解決策となります。甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬)や、場合によってはアイソトープ治療、手術などによって、ホルモン値が正常化すれば、乱れていたヘアサイクルも徐々に元に戻り、髪の状態も改善していきます。薄毛と共に、これらの全身の”オーバーヒート”症状に心当たりがある場合は、速やかに専門医(内科・内分泌内科)を受診し、適切な診断と治療を受けることが何よりも重要です。